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COLUMN

2023.04.18M&A全般

PBR1倍割れ問題と企業の対応

  • M&A

執筆者:株式会社日税経営情報センター シニアマネージャー



株式指標の1つにPBR(株価純資産倍率:Price Book-Value Ratioの頭文字)というものがあります。
市場で評価される株式時価総額が純資産の何倍にあたるかを表すものですが、このPBRが1倍を割り込んでいる状況は、いわゆる解散価値ともされる純資産価値を株式価値が下回っているということになります。
株価が企業への期待感を表すものと捉えれば、その企業は将来に価値を向上させるよりもむしろ減少させると見られているということです。
日本ではこのPBR1倍割れの企業数が大変多くなっています。東京証券取引所に上場する企業の約半数がPBR1倍割れという状況にあります。
このPBR1倍割れについて、日本経済新聞(2023年3月7日「大機小機」欄)に興味深い記事が掲載されていました。
内容は、1982年のアメリカ市場で上場企業の約60%の株価がPBR1倍割れという今日の日本市場に似た状況となっていたところ、その後の国の経済運営や企業の経営改革を通じた資源の再配分が功を奏して企業は収益力を取り戻したという例を挙げ、日本において今年1月に東京証券取引所が発表した対応策が注目されるというものです。
記事で言及された東京証券取引所が発表した対応策とは一体どのようなものなのでしょうか。日本経済が持続的な成長軌道を辿っていくために経営改革やイノベーション推進が叫ばれているわけですが、東証ではそれに向けた取組の一環として、コーポレートガバナンスコードやスチュワードシップコードの制定などを行い、今年1月に従前からの議論の論点整理を踏まえた今後の対応策を発表しました。
この対応策では、企業経営者に対して中長期的な企業価値向上に向けた動機付けとして、資本コストや株価に対する意識改革・リテラシー向上といったことが謡われているのですが、特に、継続的にPBRが1倍を割り込んでいる企業に対しては、改善に向けた方針や具体的な取組などの開示を求めていくべきとしているのです。PBR1倍割れ企業は、資本コストを上回る資本収益性を達成できていないか、或いは達成していても将来の成長性が外部から十分に評価されていないと考えられるのですが、東証の対応策はこうした企業に対して企業自身の自律的な改善を促すことを狙っているものです。1970年代のアメリカはオイルショックによる高インフレと経済成長停滞というスタグフレーション期にあったのですが、その後80年代には産業構造転換を促す国の政策や企業の経営改革によってその停滞を脱していったのです。その過程においては、コングロマリットの解体など企業のM&A活動(買収・合併・その他再編)も大変活発に利用されています。アメリカではそれ以前にもM&Aは行われていましたが、この80年代には、従前からの比較的単純な買収や合併だけでなく、レバレッジド・バイアウト(被買収企業の資産や事業キャッシュフローを担保した借入による買収)、事業や資産の譲渡、会社分割など、M&Aの手法も多様化しており、企業が事業モデルの変換や強化を様々に進めているということがわかります。日本では内部留保を貯め込んだ企業が多く、余剰キャッシュを活用して成長投資に回すことが出来れば市場の評価も変わる可能性があります。ここで留意すべき点があります。まず、PBR1倍超を達成する手段は他にもあるということです。例えば、直接的な対応として自社株買いという発想も出てきます。しかし、この対応ではPBR1倍超を市場評価として定着させるには力不足とも思われます。自社株買いは株価の上昇圧力となるのでPBRも1倍を超えるかもしれず、その結果、企業経営者は東証が求める開示を行わなくて済むかもしれませんが、設備投資や事業モデル転換など競争力強化が行われていなければ継続的な市場評価には結びつかない可能性があります。自社株買いはあくまでも短期的な効果でしかなく、やはり根本的には成長投資による競争力改善が必要と考えられます。次に、キャッシュフロー確保の問題です。自社株買いも成長投資も資金が必要になりますが、余剰キャッシュで対応出来るうちは問題ありませんが、継続的な投資の為には何らかのキャッシュ創出が必要になります。しかし、借入は財務バランスの問題があり、増資は株式希薄化の問題があります。また成長投資による競争力増強を通じたキャッシュフロー改善にもタイムラグがあります。そこで資金創出の源泉として持合い株式の売却も考えられます。企業間での株式持合いは過去に比べると幾分減少してきましたが、それでも依然として大量の政策保有株式を抱えている企業は少なくありません。東証のコーポレートガバナンスコードでも企業は政策保有の適切さを検証して内容を開示すべきとしており、趨勢として保有は難しくなっていくものと思われます。
政策保有株式の市場売却は株価の低下圧力となります。歴史のある大手企業には政策保有を互いに抱えるところが多数あります。これらの企業では成長投資や自社株買いによる株価上昇圧力と政策保有株式の売却による株価低下圧力が混在することになり、成長投資による持続的成長とPBR1倍超の定着までには相応の努力が求められるものと思われます。これからの日本企業の取組が注目されます。




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