本コラムは、M&Aキャリア25年超の当社のシニアマネージャーが執筆しております。この情報が関与先様へのアドバイスの一助となれば幸いです。
前回のつづきをお送りいたします。
↓前回分はこちら↓
■≪M&A道2丁目≫中小企業M&Aにおける5W1Hとは?―⑩③『Who(誰が)? Whose(誰の)?』
『When(いつ)?』や『Where(どこで)?』という問題は、買収計画段階における目標に関する検討事項となりますが、『Who(誰が)? Whose(誰の)?』の問題は、買収案件を具体的に進行する段階での検討事項となります。
『Who(誰が)もしくはWhose(誰の)?』の問題とは、買手企業における買収主体をどうするかといったことがテーマです。買収スキームを検討する際の受け皿をどうするかといった問題は、いわば、買収後のグループ組織戦略にかかる問題といえます。
買収後のパフォーマンスは、買手側が買収対象会社をどのように買手側グループに取り込むかにより、大きく異なってきます。
買手側における組織の制度設計は、売却対象会社の経営資源などの状況によっては見直すことも必要です。
M&Aのプロセスにおいては、一般的には、売却対象会社をデュー・ディリジェンス(DD:買収監査、精査)を通じて、組織設計していくこととなります。
このように、買収後の組織設計では、買手側における受け皿会社(エンティティー)について、売却対象企業の企業文化、組織、制度、経営資源などからグループ組織の最適化を図るため、アフターM&Aでは重要ポイントになります。
この受け皿にかかる組織設計は、以下に示す売手側と買手側の2つの要因によって決定することになります。
第一の売手側の要因とは、例えば、買収対象会社の企業文化、制度、経営状態などであり、買手企業の組織との適合性を踏まえ決定されます。
第二の買手側の要因とは、買手企業におけるグループ組織戦略や経営方針などによってエンティティ―を決定します。買手企業が自社事業戦略において積極的にM&Aを取り込んでいこうと考えている場合には、さらに重要なポイントになるといえます。
複数の企業を傘下入りさせることを想定した買収企業の場合には、例えば、買手側の組織形態を持ち株会社(ホールディング・カンパニー)化するようなことが考えられます。持ち株会社化というのは、事業(もしくは純粋)持ち株会社を設立し、その傘下に被買収会社を受け入れるというグループ組織形態です。純粋持ち株会社を設立する場合には買手企業そのものも子会社としてぶら下がる組織形態となります。
持ち株会社形態は、M&Aを積極的に取り入れる成長企業においてよく活用されてきました。大企業など公開会社では、一時期、こうしたグループ経営管理体制が数多く導入されています。
持ち株会社形態は、ビジネスモデルや雇用形態など制度面が異なる事業体が複数ある場合に有効に機能する可能性があります。また、子会社の独立採算制を前提とした場合、管理会計面でも有効に機能する可能性があります。
その反面、グループ会社間の経営資源の融通やグループ連携がうまく機能しないケースもあります。そのため、買手企業が子会社化により買収対象会社をそのまま残すのか、それとも持ち株会社を設立したほうがいいのか、議論の分かれるところですが、買手企業の経営方針や事業戦略によることはもとより、最終的には費用対効果で経営判断すべき問題だろうと思われます。
複数の事業部門を有する大企業では、社内カンパニー制を採用しているケースもあります。かつての日本の大手製造業は、その多くが事業部制組織だったように思われます。
このように、買手側の立場から買収後の組織形態のあり方、『Who(誰が)もしくはWhose(誰の)?』の問題は、売手側の要因のみならず、買手側の要因の2つから決定されます。また、そうしたグループ組織のあり方は、買手企業の経営方針、事業戦略、費用対効果により決定されます。
『Who(誰が)もしくはWhose(誰の)?』の問題については、経営学の視座から「戦略」と「組織」に関する学術界での論争についてコメントします。
経営学では、『組織は戦略に従う』という考え方があります。これは、最初の経営史家とされる米国の著名なアルフレッド・D・チャンドラーJr.の著書で提唱されている考え方です。チャンドラーが唱えた組織のあり方は、戦略目的の手段として位置づけています。一方、イゴール・アンゾフは『戦略は組織に従う』という考え方を唱えました。このアンゾフの考え方は、戦略というものは既存組織ありきという立場で戦略策定をすべきだとする考え方です(図3ご参照)。
(図3)チャンドラーとアンゾフの「戦略」と「組織」の考え方の違い(出典)弘中秀之著「大和総研グループHP/コンサルティングレポート/ビジョン/中期経営計画「組織」と「戦略」…主従はあるのか?」チャンドラーの提唱した「戦略」と「組織」の考え方は、デュポン、GM、スタンダード石油ニュージャージー(エクソン・モービル)、シアーズ・ローバックという巨大企業4社の調査に基づき主張されているため大企業向きの考え方に近いものとされています。
チャンドラーの考え方は原理原則をベースとしたものであり、ある意味理想的ではありますが、変革のためのコストは大きいといえます。一方で、アンゾフの考え方は既存の経営組織制度をベースとしたものであり、現実を直視したものといえます。
いずれの学説についても、どちらか一方が正しく、もう一方が誤っているというものではありません。二項対立しているかのごとき論評のようでもあり、二項対立ではなく相互作用している性質のものなのかもしれません。
但し、チャンドラー、アンゾフの両学説の共通点は、外部環境要因の影響について必ずしも明確に要因づけしていない点です。両学説とも「戦略」が先か「組織」が先かという視座は、「鶏が先なのか?卵が先なのか?」という話と本質的には同じです。経営の現場においては、起点はともかくとして「戦略」と「組織」は外部環境の影響を受けながら相互作用しているという考え方を自然ととっているようにも思われます。
つまり、現実の企業経営においては、「外部環境」の影響を受けながら、「戦略」と「組織」が相互作用しつつループ(loop;循環)を繰り返すことにより、成長企業では、そのループがスパイラルアップ(spiral up;好循環)していくことを目指しているものだろうと思われます。
そして、M&Aにおける『Who(誰が)もしくはWhose(誰の)?』の問題についていえば、買手企業が必要に応じて費用対効果を検証しつつ、「戦略」と「組織」のあり方の最適化を目指し得る組織設計を行うことなのではないかと思われます。
・・・つづきは次回、『≪M&A道2丁目≫中小企業M&Aにおける5W1Hとは?―⑫』でお送りいたします。
あわせて読みたい!
サービスのご案内
免責事項について
当社は、当サイト上の文書およびその内容に関し、細心の注意を払ってはおりますが、いかなる保証をするものではありません。万一当サイト上の文書の内容に誤りがあった場合でも、当社は一切責任を負いかねます。
当サイト上の文書および内容は、予告なく変更・削除する場合がございます。また、当サイトの運営を中断または中止する場合がございます。予めご了承ください。
利用者の閲覧環境(OS、ブラウザ等)により、当サイトの表示レイアウト等が影響を受けることがあります。
当サイトは、当サイトの外部のリンク先ウェブサイトの内容及び安全性を保証するものではありません。万が一、リンク先のウェブサイトの訪問によりトラブルが発生した場合でも、当サイトではその責任を負いません。
当サイトのご利用により利用者が損害を受けた場合、当社に帰責事由がない限り当社はいかなる責任も負いません。