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COLUMN

2021.08.31M&A全般

≪M&Aにおける企業価値算定⑤≫裁判例からみるM&Aにおける株価

  • M&A

本コラムでは、当社の経験豊富なシニアマネージャーが執筆しております。この情報が関与先様へのアドバイスの一助となれば幸いです。



↓前回分はこちら↓
 ■≪M&Aにおける企業価値算定④≫M&Aにおける株価のプレミアムとディスカウント


シリーズ最終回となる今回は、非上場株式の株価算定について、過去の裁判例を参照してみたいと思います。

非上場株式に関わる評価方法には様々なものがありますが、過去の裁判を見ると複数の評価方法が採用されているケースが多くなっています。
論文「裁判例における株式評価の実態」(青木茂雄(2011)『茨城キリスト教大学紀要』第45号、p.199-210)によると、昭和43年~平成22年に38件の裁判で65の株価評価方法が採用されています。また、これら評価方法の年代に伴う変遷も洞察されています。
アプローチ別に見ると、インカム・アプローチが30回と最も多く採用されています。
個々の評価方法別に見ると、純資産法(時価、簿価)が22回と最も多く採用され、次いで配当還元法が17回となっています。近年よく見かけるDCF法は、平成に入ってから裁判での採用が増えており、反対に同じインカム・アプローチの収益還元法の方はその分採用が減少している様でもあります。
各評価方法には夫々に一長一短があります。どのような状況でどの評価方法を用いるかについての判断が重要となりますが、このあたりを具体的な裁判例で見てみましょう。

【裁判例1:カネボウ株式会社】
同社は、平成16年に産業再生機構に支援要請を行い、上場廃止となりましたが、長期にわたる粉飾決算も明るみになり、最終的には化粧品や食品部門などを営業譲渡し、譲渡後の本体はファンドに吸収合併され、合併消滅会社となりました。
営業譲渡に反対する株主から株式買取請求が出され、この買取株価をめぐって裁判となりました。
申立人の株主は、本件が営業譲渡であることから継続企業としての評価を求め、配当還元法(成長を加味したゴードン式配当還元法)と取引事例比較法との併用を求めました。

地裁の判決では、

①配当還元法は同社が支援を受けている再生途上の企業として配当出来る状況にないこと

②取引事例比較法は条件を満たす比較対象がないこと

③類似会社比較法は再生途上の企業を上場企業と比較するのは適切でないこと

④純資産価額法は継続企業には適していないこと

との理由からDCF法のみを採用しました。

申立人は、高裁に控訴し、DCF法は少数株主にとっては合理性を欠くとの理由から改めて取引事例法と配当還元法の適用を求めましたが、高裁は、DCFによる算定が適切との判決を出しています。

この裁判例で注目される点は、複数の評価方法を併用せずに1つの評価方法によって結果を出している点です。裁判では複数の評価方法を併用して一定の併用割合によって1つの価格を算出するという事がよくなされていますが、この裁判では様々な評価方法からその状況下で最適と考えられる評価方法を選択しているという点で注目できるものと思われます。


【裁判事例2:株式会社アートネイチャー】
同社は平成19年に株式上場を行いましたが、同社が非公開会社であった平成16年に代表者や役員に対して行った新株発行の株価が著しく低い不公正な価格であったとして株主が訴訟を起こしました。
地裁と高裁は共に新株発行の価格が代表者や経営陣に特に有利な価格であると認め、賠償の支払いを命じましたが、最高裁の判決は異なりました。

地裁と高裁では、

①新株発行における価格は当該新株発行当時の会社の資産や収益の状況を考慮して、その状況に応じた方法によって判断すべきであること

②同社が平成19年の上場まで赤字や債務超過に陥ったことがないこと

③平成16年3月当時にはそれ以前の業績が落込んだ状況から業績回復の道筋をつけつつあったこと

などを挙げ、新株発行当時の同社の株価は実際にはもっと高い水準にあると判断したわけです。

しかし、最高裁は、株価算定には様々な方法があり、どの方法を用いるかについて明確な基準が存在しないこと、発行会社の取締役会が客観的資料に基づいた合理的な算定方法によって発行価額を決定しているのであればその判断を尊重するべき、また、同社の業績が新株発行当時にはまだ低迷しており、1審、控訴審で指摘された平成12年、平成18年当時の業績による株価を利用することはできない、として発行価格に問題なしとの判断を行っています。

1審、控訴審では事後的に裁判所が公正価額を判断していますが、これについて最高裁では、取締役らの予測可能性を害することにもなり相当でないとして否定し、客観的かつ合理的な算定という前提のもと当時の経営陣の判断が尊重されるべきと示したわけであり、この点は大変注目されるところです。


以上、裁判例として2社のケースを取り上げました。これらの事例は論評も多くなされており、大変参考になります。改めて株価算定に際して重要なこととしては、まず対象企業の状況を確りと把握することであり、そして客観的な根拠に基づいた合理的な算定方法によって株価を算出する事が肝要と言えるのではないでしょうか。





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