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COLUMN

2018.12.20税務コンサルのポイント

エンプティ・ボーティングに係る議決権について租税法上の評価⑤ ~租税法上の問題~

  • 資産税の落とし穴
  • 租税法
  • エンプティ・ボーティング

3.各種手法に係る課題(つづき)
(前回「3.3.評価の問題」の続きから)
 租税法上、自益権と共益権を分離させた場合、そもそも租税法上の「資産」に該当するかという上で、評価のヒントとして下記の裁判例があります。東京地判平成27年3月12日判決【譲渡所得の基因となる「資産」該当性/経営破綻した銀行の未公開株式】での判示です。
 
1 本件は、平成22年9月に破綻したA銀行株式会社の取締役兼代表執行役であった原告が、同年10月20日に保有していた本件銀行の株式3100株を1株1円(合計3100円)で譲渡し、これにより株式等に係る譲渡所得等の金額(未公開分)の計算上損失が生じたとして、同年分の所得税の確定申告及び修正申告を行ったところ、中野税務署長から、本件株式譲渡を株式等に係る譲渡所得等の金額(未公開分)の計算の基礎に含めることはできないとして更正処分等を受けた事案である。
2 所得税法33条1項の規定する譲渡所得の基因となる「資産」には、(中略)社会生活上もはや取引される可能性が全くないような無価値なものについては、同項の規定する譲渡所得の基因となる「資産」には当たらないものと解するのが相当である。
3 株式は、株式会社の社員である株主の地位を割合的単位の形式にしたものであり、原則として自由に譲渡され、株主においては、利益配当請求権、残余財産分配請求権等の自益権や株主総会における議決権等の共益権を有することから、株式は、上記各権利を基礎として一般に経済的価値が認められて取引の対象とされ、増加益を生ずるような性質のものとして、所得税法33条1項の規定する譲渡所得の基因となる「資産」に当たるものと解される。
4 一方、株式の経済的価値が自益権及び共益権を基礎とするものである以上、その譲渡の時点において、これらの権利が法的には消滅していなかったとしても、一般的に自益権及び共益権を現実に行使し得る余地を失っていた場合には、後にこれらの権利を現実に行使し得るようになる蓋然性があるなどの特段の事情が認められない限り、自益権や共益権を基礎とする株式としての経済的価値を喪失し、もはや、増加益を生ずるような性質を有する譲渡所得の基因となる「資産」には該当しないものと解するのが相当である。
5 本件銀行が本件株式譲渡の前後を通じて極めて多額の債務超過状態に陥っており、剰余金の配当や残余財産の分配を行う余地はなかったことからすると本件銀行の株主は、本件株式譲渡の時点において、もはや、利益配当請求権、残余財産分配請求権等の自益権を現実に行使し得る余地はなく、また、同時点において、本件銀行は、E銀行に対する一部事業譲渡の後に解散して清算されることが予定されていたことからすると、後に自益権を現実に行使し得るようになる蓋然性もなかったというべきである。
6 金融庁長官による預金保険法74条1項の規定する金融整理管財人による管理を命ずる処分がされた時点(平成22年9月10日)において、本件銀行の株主は、本件銀行の存続を前提とする経営等の意思決定に参画することができなくなっており、一般的に株主総会における議決権等の共益権を現実に行使し得る余地を失っていたものと認めるのが相当であり、また、同時点において、本件銀行は解散して清算されることが予定されていたことからすると、後に共益権を現実に行使し得るようになる蓋然性もなかったものと認めるのが相当である。
7 以上によれば、(中略)一般的に、自益権及び共益権を現実に行使し得る余地を失っており、かつ、その後に自益権及び共益権を行使することができるようになる蓋然性も認められなかったというべきであるから、所得税法33条1項の規定する譲渡所得の基因となる「資産」には該当しないものと認めるのが相当である。


3.4.租税法上の問題
 前述2.各種手法に応じて問題点は生じます。2.1.株主間契約及び2.5.長期委任及び貸株については譲渡・贈与の時期の問題であります。2.2.種類株式では前述3.3.の通り評価の問題です。2.3.民事信託においては例えば受益者が存しない信託を将来の受益者を親族又は未生の者とすると、通常の取引よりも重い課税が生じるため、事業承継信託の活用場面は非常に限定的であるといったものです(注27)。2.4.エクイティ・デリバティブについては、そもそも上述の通り、現行租税法の多くが、普通株式を前提に構築されており、種類株式・民事信託を用いた株式の議決権と経済的持分とを乖離させた場合における対応は全くもってありません。相続税評価の曖昧さも手伝い、当事者において価値があると思う権利を取得しながら低い評価額で課税を受けるという租税回避も実行可能性は多分にあります(注28)。
 なお、現在でも下記のような議論が既に展開されています。
・株式評価は抜本的に見直すべき。類似業種のみならず、純資産方式も検討することが望ましい。
・議決権を有する株式と議決権を有しない株式の評価方法は区別することが望ましい。
・取引相場のない株式の評価にあたって、例えば純資産価額方式では、いわば残余財産分配請求権の価値(清算価値)で評価されているものと考えられる。しかし、株式には3つの権利(議決権、配当受益権、残余財産分配請求権)があり、事業承継に必要なのは議決権であるから、事業承継時には議決権の価値で評価するといった見直しも検討すべきではないか(注29)。


(注釈)
注27*渡辺徹也「受益者等が存しない信託に関する課税ルール」日税研論集62「信託税制の体系的研究―制度と解釈―」193頁~194頁(日本税務研究センター 2011年)参照
注28*品川芳宣「世代間の資産移転・事業承継をめぐる現状と課題」税理Vol.59 N0.6(2016年)18頁~19頁
注29*事業承継を中心とする事業活性化に関する検討会「第3回・第4回事業承継を中心とする事業活性化に関する検討会議事要旨」議事録より抜粋


伊藤 俊一

税理士
伊藤俊一税理士事務所 代表税理士。
1978年(昭和53年)愛知県生まれ。税理士試験5科目合格。
一橋大学大学院修士。都内コンサルティング会社にて某メガバンク案件に係る事業承継・少数株主からの株式集約(中小企業の資本政策)・相続税・地主様の土地有効活用コンサルティングは勤務時代から通算すると数百件のスキーム立案実行を経験。現在、厚生労働省ファイナンシャル・プランニング技能検定試験委員。
現在、一橋大学大学院国際企業戦略研究科博士課程(専攻:租税法)在学中。信託法学会所属。