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COLUMN

2018.11.22税務コンサルのポイント

エンプティ・ボーティングに係る議決権について租税法上の評価④ ~各種手法の課題~

  • 資産税の落とし穴
  • 租税法
  • エンプティ・ボーティング

3.各種手法に係る課題
3.1.会社法上の問題
 議決権と自益権を分離する事業承継スキームの会社法上の有効性には問題ありません。これはあくまでその目的が閉鎖会社の株主間の合意に基づくものだからです。少数株主の議決権を不当に制限することはあってはなりません。この場合、会社法上無効となる可能性もあるでしょう(注22)。また租税法上の評価で一定の区分をすべきです。
 その点、エンプティ・ボーティングは今後の議論の柱になると思慮します。極端にいえば、株式の経済価値を一切有せず、議決権を行使する者を創出することも可能ですから、議決権行使と表裏をなす経済的リスクを負わない株主が生ずることになり、これは会社法が株主に議決権を付与した趣旨(株主は、経済的な残余権者であるから、会社の負債を控除した純資産を増加させる強力なインセンティブを有し、議決権を株主に付与することが会社全体の効率的な経営に資する(注23))を根本から揺るがします。これら制度の濫用により少数株主や債権者等の利害が大きく害されることは、会社法違反として無効となる可能性があります。


3.2.信託法上の問題
 エンプティ・ボーティングと評価される信託についても影響は当然及びます。事業承継信託は、株主議決権と経済的持分の乖離を生じさせる信託であるから、信託法上、他社を害する指図権の濫用がある場合には、議決権の指図権者に、信託法上の受託者に応じた善管注意義務、忠実義務、公平義務を課すべきであるという解釈が適用される余地もあるし、また検討されるべきです(注24)。


3.3.評価の問題
 自益権と共益権の自由なアレンジメントが実現可能になりつつある現状においても、それらの権利の公正な評価額(経済的価値)を計算することは非常に困難です。例えば、相続税法上の評価では従来の自益権を共益権が分離されていない普通株式の評価方法にとらわれていて、これらを適正に評価する指針を現状、公表していません。また議決権には価値がないという前提で自益権のみを評価するのは実務通説でありますが、支配権者が有する議決権には本当に価値がないのでしょうか。
 この評価の困難性の議論はすでに種類株式では蓄積されています(注25)。しかし、一定のオーソライズされた評価方法はありません。またファイナンス的な公正価値の評価(上述、最判平成28年7月1日参照のこと、元来「公正な価格」と租税法における評価は相いれないものと思慮します)と相続税法上の評価が乖離する不確実性は極めて高いです。相続トラブルが想定される事業承継の局面では、事前の対応が困難で実務上も阻害要因となっていることが現実です。
 これは民事信託の受益権の評価についても同様です。基本的には、信託が付与されていない閉鎖会社株式の評価額により評価することになっていますが、受益者連続型信託において信託受益権を収益受益権と元本受益権とに複層化した場合の評価額の算定方法について課題は残ります(注26)。


 ・・・次回、この続きからお話します。


(注釈)

注22*江頭憲治郎「株式会社法(第6版)」 338頁
注23*白井正和「エンプティ・ボーティングをめぐる議論の状況とそこから得られる示唆」法律時報86巻3号(2014年) 13頁
注24*白井 前掲注※ 12頁
注25*澁谷雅弘「無議決権株式を用いた事業承継のタックスプランニング」租税事例研究96号(2007年)69頁以下、渋谷雅弘「種類株式の評価」金子宏編「租税法の基本問題」647頁以下(2007年)、一高龍司「相続税における財産評価の今日的問題~事業承継と種類株式~」日税研論集68「租税法における今日的財産評価の今日的理論問題」145頁以下(日本税務研究センター、2016年)等
注26*高橋倫彦「受益権複層化信託の相続税課税」T&A master NO.619 (2015年)14頁以下

伊藤 俊一

税理士
伊藤俊一税理士事務所 代表税理士。
1978年(昭和53年)愛知県生まれ。税理士試験5科目合格。
一橋大学大学院修士。都内コンサルティング会社にて某メガバンク案件に係る事業承継・少数株主からの株式集約(中小企業の資本政策)・相続税・地主様の土地有効活用コンサルティングは勤務時代から通算すると数百件のスキーム立案実行を経験。現在、厚生労働省ファイナンシャル・プランニング技能検定試験委員。
現在、一橋大学大学院国際企業戦略研究科博士課程(専攻:租税法)在学中。信託法学会所属。