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COLUMN

2018.10.18税務コンサルのポイント

エンプティ・ボーティングに係る議決権について租税法上の評価③ ~アレンジメントの各種手法(2)~

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2.アレンジメントの各種手法(つづき)
2.3.民事信託
 事業承継信託は、オーナー経営者(委託者)が生前に、自社株式を対象に信託を設定し、信託契約において、自らを当初受益者とし、オーナー経営者死亡時に後継者が受益権を取得する旨を定めています。同時に委託者であるオーナー経営者が、議決権行使の指図権を保持し、受託者はその指図に従い議決権を行使します。そして、相続時に受益権を分割して非後継者の遺留分に配慮しつつ、議決権行使の指図権を後継者のみに付与するというものです。「議決権信託」は議決権を統一的に行使するため、株主が1人で受託者に対し信託するものです(注14)。議決権信託の有効性は、議決権拘束契約と同じ理由で有効と解されており(注15)、その効力は受託者が議決権を人の指図に従い行使することから、合意に反する議決権行使は想定しえません。この点については問題ありません。
 会社法上問題となるのは、相続発生時に後継者が相続する株式数に関わらず、議決権行使の指図権を全部有することができるのか、即ち、議決権行使の指図権と受益権との分離が可能であるかという点です。発行会社に対して議決権を行使できるのは名義人としての受託者ですが、特約により議決権の行使は受益者又は委託者の指図によって行うことが可能とされており、当該仕組みは一般的な株式管理信託ではよく利用されています。
 議決権行使を指図する当該権利を「議決権行使の指図権」と呼びますが、受益者に指図権を平等に付与しない場合、会社法の1株1議決権の原則との抵触が問題視されます。各株主は原則としてその有する株式1株につき1個の議決権を有しますが、実質的な株主である受益者とその議決権の指図権者を区別することにより、自益権と共益権とが分離し、会社法の認めていない複数議決権株式を実質的に創出していることになるのではないかという懸念です。
 この点、「非公開会社においては議決権について株主ごとの異なる取扱い(属人株)を定めることが許容されており(会社法109条2項)、剰余金等配当請求権等の経済的権利と議決権を分離することも許容されている。複数の受益者のうちの特定の者に議決権行使の指図権を集中させても会社法上の問題は生じない」(注16)という解釈が明らかにされ、実務上もこれを活用されることとなりました。

2.4.エクイティ・デリバティブ/貸株
 最後にエンプティ・ボーティングに関するスキームを検討します。共益権と自益権を分離し議決権に見合う経済的所有権を行使することなく、議決権を行使する事態を指します(注17)。これを実現する一方としてエクイティ・デリバティブがあります。対象となる株式を取得・保有するのと同時に、エクイティ・スワップのショート・ポジションをとるという方法です(注18)。エクイティ・スワップは、固定又は変動金利と株式又は株価指数のリターンから生じるキャッシュ・フローの全部を相手側に引き渡すという手法です。株主は、一定の金利を対価として株式から生じるキャッシュ・フローの全部を相手側に引き渡す契約を締結します。また一法として貸株もあります。株主総会の議決権行使の基準日の直前に株式を借入、議決権を取得し、基準日後に返還するものです(注19)。当該株主は、議決権を完全な株主として行使できつつ、この株式の騰落による影響を受けないし、配当を取得することもありません(注20)。これらの方法は上場会社でもまだ実績がなく(正確には公になっておらず)、中小企業で活用した事例もないと思われます。

2.5.長期委任
 後継者を代理人として委任状により議決権行使を長期間委任させる手法も考えられます。しかし、議決権行使の代理権の授与は総会ごとにしなければならない(会社法310条2項、325条)ため、実現困難です。ただし閉鎖会社においては経営者における会社支配の手段として濫用されるのでなければ有効と解されています(注21)。


 ・・・次回、「3. 各種手法に係る課題」からお話します。


(注釈)
注14*なお、議決権のみの信託は認められない。議決権は財産権ではなく、また、株式によって表彰される権利は一体をなすものであるから、議決権だけを信託することは認められない。四宮和夫「信託法(新版)」136頁注(10)24頁~25頁参照のこと。
注15*前掲注8(森田果「議決権拘束・議決権信託の効力」浜田道代=岩原紳作編「会社法の争点(ジュリスト増刊)(有斐閣 2009年)102頁)の理由参照のこと
注16*信託事業承継研究会 前掲注※ 中間整理8頁 なお、公開会社や上場会社においても指図権の分離が会社法上問題ないかという論点につき、会社法上有効とされる説が有力である。この点、中田直茂「事業承継と信託」ジュリスト1450号(2013年)24頁~25頁
注17*武井一浩他「エンプティ・ボーティング」証券アナリストジャーナル52巻11号(2014年)35頁
注18*白井正和「エンプティ・ボーティングをめぐる議論の状況とそこから得られる示唆」法律時報86巻3号(2014年) 13頁
注19*白井 前掲注※ 13頁
注20*森田果「議決権拘束・議決権信託の効力」浜田道代=岩原紳作編「会社法の争点(ジュリスト増刊)(有斐閣 2009年) 103頁
注21*江頭憲治郎「株式会社法(第6版)」(有斐閣 2015年) 340頁及び338頁注(3)参照のこと

伊藤 俊一

税理士
伊藤俊一税理士事務所 代表税理士。
1978年(昭和53年)愛知県生まれ。税理士試験5科目合格。
一橋大学大学院修士。都内コンサルティング会社にて某メガバンク案件に係る事業承継・少数株主からの株式集約(中小企業の資本政策)・相続税・地主様の土地有効活用コンサルティングは勤務時代から通算すると数百件のスキーム立案実行を経験。現在、厚生労働省ファイナンシャル・プランニング技能検定試験委員。
現在、一橋大学大学院国際企業戦略研究科博士課程(専攻:租税法)在学中。信託法学会所属。