近年、日本の中小企業のM&Aが増加する中で、M&A(企業の合併・買収)に潜む深刻な問題が明らかになっております。以下に「ルシアンホールディングス事件」を取り上げ、その個別の問題点と仲介業者の責任、ならびに今後の課題を取り上げます。
■ 中小M&A後のトラブルとして大きく取り上げられたルシアン事件の概要
ルシアンホールディングス(以下、ルシアン)は、2021年11月に設立されたばかりの投資会社で、「異業種一体型企業として年商100億円を目指す」と掲げ、全国の中小企業を次々とM&Aで買収しました。その数は約40社にのぼり、業種は結婚式場、輸入車販売、砕石業、農業法人など多岐にわたります 。
しかし、買収後に多くの企業で経営破綻や従業員の解雇、資産の流出が相次ぎ、ルシアンの代表者は2024年初頭から消息を絶ちました。これが「ルシアン事件」と呼ばれるM&A業界の大事件です。
■ 事件の手口と構造
ルシアンは、M&A仲介業者を通じて売り手企業に接触し、「事業承継支援」や「成長支援」を謳って買収を提案しました。売り手企業の多くは後継者不在や経営不振に悩んでおり、M&Aを「救い」として受け入れたのです。
しかし、実際には以下のような問題が発生しました。
•資金の吸い上げ:買収後、企業の現預金を引き出し、経営資源を流出させた。
•経営者保証の未解除:株式譲渡契約書に「連帯保証解除」が明記されていなかった、あるいは努力義務にとどまっていたため、旧経営者が多額の借金の保証人のまま残された 。
•従業員の解雇・放置:買収後に経営が放棄され、従業員が給与未払いのまま放置されるケースもあった。
■ 仲介業者の責任
ルシアン事件では、M&A仲介業者の関与も大きな問題となりました。仲介業者は、ルシアンの資金力や経営実態を十分に精査せず、売り手企業に「信頼できる買い手」として紹介していたとされます。
また、契約書のドラフトにおいても、経営者保証の解除が明記されていない、あるいは曖昧な表現で済まされていたことが多く、売り手企業がリスクを十分に理解しないまま契約を締結していた実態が浮かび上がっています 。
■ 被害と教訓
この事件で最も大きな被害を受けたのは、買収された企業で働いていた従業員たちです。突然の経営破綻や給与未払い、雇用の喪失に直面し、生活基盤を奪われました。
事件は、M&Aが「企業の未来をつなぐ手段」ではなく、「資産の収奪手段」として悪用される危険性を浮き彫りにしました。
■ 今後の課題
この事件を受けて、M&A仲介業界には以下のような改革が求められています。
•仲介業者の登録制度の義務化と監督強化
•契約書における経営者保証解除の明文化
•買い手企業の資金力・信用力の厳格な審査
•売り手企業へのリスク説明の義務化
以上の課題に対し、中小企業庁もM&A市場における健全な環境整備と支援機関における支援の質の向上を図る観点から「中小M&Aガイドライン」の改訂を進めておりますが、今後更なる業界秩序の向上が必要です。