同タイトルの前コラムで述べましたが、敵対的買収とそれに対応する防衛策について、その是非を判断する際には買収提案が買収者の利益収奪を目的としたものなのか、株主やその他ステークホルダーの共通の利益に適うものなのかを見定めることが重要です。
ところで、株主の利益と株主以外のステークホルダーの利益とでは、どちらを優先して考えれば良いのでしょうか。この点について、前コラムで言及した米国のレブロン判決の事例では、対象会社が売却の意思判断を下している場合には経営者の責務は売却価額を高くすること、つまり株主の利益を第一に考えることが求められています。しかし、売却に出ていない場合にはどのように考えられるのでしょうか。米国デラウェア州最高裁判所の判例によれば、取締役会が買収提案を検討するに際して株主以外のステークホルダーの利益を考慮することは認められていますが、株主の利益と他のステークホルダーの利益とが衝突する場合には株主の利益を短期的観点でなく中長期的観点の下で優先するべきと理解することが一般的な様です。株主を第一と考える株主資本主義と株主も含めた会社関係者であるステークホルダーを第一とするステークホルダー資本主義という2つの理念において、格差問題の深刻化などを背景にSDG’sやESGとも相まって今日の世界的な潮流はステークホルダー資本主義に幾分か軸足が移っている様に思われます。株主第一主義の考えが強かった米国でも考えを見直す動きがあり、米国の主要企業で構成されるビジネスラウンドテーブル(Business Roundtable)という団体が2019年に公表した声明では、企業は顧客への価値の提供、従業員の能力開発への取り組み、サプライヤーとの公平で倫理的な関係の構築、地域社会への貢献、そして最後に株主に対する長期的利益の提供を行うこと、として全てのステークホルダーへのコミットメントを明示しています。日本においても東証が定めたコーポレートガバンスコードでは、企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のための自律的対応として諸原則を定めていますが、そこでは株主だけでなくステークホルダーを意識したものになっています。敵対的買収や防衛策の是非を判断するにあたって、最終的には裁判所の判断を待つことになるわけですが、どのような世界観に立つかによってその是非が違ってくることになります。今日の日本では企業間の株式持合いは崩れる傾向にあり、また機関投資家にはリターンを重視して議決権を行使する傾向も見られます。さらに日本の法律は株主総会の権限が強く、少数株主の権利も強いという特徴があります。これらを考慮すると今後は株主提案や敵対的買収といった事案が日本で増加することが考えられます。提案内容を巡って議論が交わされることになりますが、所謂「共通の利益」に適う場合には提案者(買収者)が成功を収めることも考えられます。
そこで、どのような企業が敵対的買収の対象になりやすいのかを幾つかタイプを挙げておきます。まずは、遊休資産や余剰現金を多く保有する会社です。生産に活かされていない資産を売却して生産能力向上のための投資を行う方が企業価値の向上に結び付きやすいことは理解し易いことです。企業価値が割安な状況にある企業も対象になりやすいと考えられます。企業価値が割安か否かを判断する際によく用いられる指標としてPBR(Price Book Value Ratio:株価純資産倍率)が有名です。株式時価総額と簿価純資産との比率ですが、これが1を割込んでいる場合には、市場の評価である株価が解散価値とも考えられる純資産価値を割込んでいることになり、現在の経営の下では会社の将来が期待されていないという解釈になります。財務状況の良好な会社も対象になりやすいと考えられます。財務状況が良好な会社は借入を増加させる余地があるので積極的な経営を行い易い状況にあるということであり、また対象会社の資産を担保にしたファイナンスを通じた買収(Leveraged Buy-Out:LBO)を行い易い状況にあるとも言えます。対象会社とその親会社との間で資本関係に歪みがある場合も外部から狙われやすくなります。例えば、親会社の時価総額が子会社の時価総額よりも小さくなっている場合に買収したい子会社ではなく、その親会社の株式を買い進める場合です。実際、フジテレビとニッポン放送のケースでは、村上ファンドやライブドアがこの関係に着目して行動を起こしています。さらにコングロマリット型経営を行っている場合も対象になりやすいと考えられます。複数の事業を運営している場合、各事業の中で事業価値の劣る部分に着目して分離売却を迫るという主張がしやすくなります。
企業価値の持続的な上昇のためには様々な経営戦略、施策が検討されるべきであり、敵対的買収やアクティビストの活動は経営者に緊張感を持たせるという点で有効性もあると考えられます。対象企業から巧みに利益収奪を行なおうとする動きには注意が必要ですが、現在なされている経営よりも持続的に企業価値を上昇させることが出来るならば、市場原理として、より優れた経営施策の導入を否定する理由はないはずです。当然のことながら、企業経営者は緊張感を保ちながら自社の成長を図っていくことが求められるわけです。