MENU MENU

COLUMN

2018.08.16税務コンサルのポイント

エンプティ・ボーティングに係る議決権について租税法上の評価① ~議決権と株式の不可分一体性~

  • 資産税の落とし穴
  • 租税法
  • エンプティ・ボーディング

 下述の各種スキームを基にした自益権と共益権を分離したスキームについても検討過程で登場しますが、現状評価方法が定まらず、当該アレンジメントは、納税者の予測可能性を阻害させていることは周知の通りであります。
 その理由として、会社法による規制の外の契約により、当初法が予定していなかった自益権と共益権の組み合わせが自由なアレンジメントにより実現可能となっている環境は今までありませんでした。現行租税法が、普通株式を前提に構築されており、種類株式・民事信託を用いた株式の議決権と経済的持分とを乖離させた場合における対応は全くもってありません。ましてや議決権拘束契約・エクイティ・スワップ契約など複合している株式の課税関係や評価については現状、先行研究は見当たりません。相続税評価の曖昧さも手伝い、当事者において価値があると思う権利を取得しながら低い評価額で課税を受けるという租税回避も実行可能性は多分にあります(注1)。


1.議決権と株式の不可分一体性
 株式に内包される株主権は共益権と自益権があります。共益権は、会社の運営に参与する権利であり、議決権がその中心的な権利です。議決権は経済的な価値もない財産権を有せず、課税上も価値がないとされます。自益権は、株主が会社から経済的利益を受ける権利であり剰余金配当請求権と残余財産分配請求権からなります。
 会社法では共益権は自益権とともに普通株式に内包され、これらを個別に区分し処分することはできないものとされています(注2)。その根拠は、共益権も自益権と同様、基本的に株主自身の利益のために行使できる権利であり、両者の性質に差異はなく、株式に一体的に内包されるものであるからとされます(注3・4)。以上、原則の元では、自益権が経済価値の原則であり、株式の経済価値は自益権から生まれるキャッシュ・フローにあるとされます。しかし、閉鎖会社の場合、その価値は実態として、会社を支配し経営することによって、当該キャッシュ・フローが生じます。閉鎖会社において、通常、剰余金の配当も解散による残余財産の分配もせず、自益権としての現実的実態としての経済的価値は有しないものと考えられ、株主が代表取締役として会社を支配しつつ、自らに又は家族に役員報酬、交際費等を支給することでその代替になっていることが大半だからです(注5)。以上より、閉鎖会社の場合、株主であるゆえの経済的価値はなく、株主兼役員として会社の経営に関与することに経済的価値が生じます。それゆえ、閉鎖会社においてはその株式価値は自益権になく、共益権(議決権)にあるのです。
 従来の議論では、経済的価値の側面からすると私法や租税法では議決権に価値はないとされてきました。自益権のみにその価値は付与される(評価対象とされる)のです。従って、株式の議決権と経済的価値が分離できれば議決権だけ取り出して負担なく事業承継することも可能なはずです。経済実態として閉鎖会社の場合、議決権に価値があり、自益権に価値がないのです。
 事業承継の分野において議決権だけの承継が可能であれば、実態として有価値な権利を取得でき、遺留分や相続税の問題を回避することも可能と考えられます。しかし現行の手法では、両者を区分して遺贈や相続により承継することは不可能です。では、現行の私法を前提として何かアレンジメントはできないか。方法は次のようなものが考えられます。


 ・・・次回、「2. アレンジメントの各種手法」からお話します。


(注釈)
注1*品川芳宣「世代間の資産移転・事業承継をめぐる現状と課題」税理Vol.59 N0.6(2016年)18頁~19頁
注2*前田庸「会社法入門(第12版)85~86頁(有斐閣 2009年)
注3*伊藤靖史・大杉謙一・田中亘・松井秀征「会社法(第2版)」69頁(有斐閣 2011年)
注4*株主の地位が均一の割合的単位に細分化されていることから、制度的に株主平等原則が要され、これから反映され、株式1株につき1個の議決権を有することとなりました(会社法308①)が、両者が異なる権利だとして分離できれば、この1株1議決権の原則に反する法定以外の株式が任意に組成できることになり不合理であるということです
注5*閉鎖型タイプの会社において経営に関与できるためでなければ資本出資をする意味は乏しく、また取締役として能動的に経営に参画することを望む株主が多いと思われる。中小企業における経営者は、自己の財産の大部分をその会社に出資しているのが現状であり、同社の業務執行に従事し、一定額の報酬(給与)を受けないと生活できない。以上につき江頭憲治郎「株式会社法(第6版)」52頁及び308頁(有斐閣 2015年)



伊藤 俊一

税理士
伊藤俊一税理士事務所 代表税理士。
1978年(昭和53年)愛知県生まれ。税理士試験5科目合格。
一橋大学大学院修士。都内コンサルティング会社にて某メガバンク案件に係る事業承継・少数株主からの株式集約(中小企業の資本政策)・相続税・地主様の土地有効活用コンサルティングは勤務時代から通算すると数百件のスキーム立案実行を経験。現在、厚生労働省ファイナンシャル・プランニング技能検定試験委員。
現在、一橋大学大学院国際企業戦略研究科博士課程(専攻:租税法)在学中。信託法学会所属。