本コラムでは、当社の経験豊富なシニアマネージャーが執筆しております。この情報が関与先様へのアドバイスの一助となれば幸いです。
企業において、資産より負債が大きい状態を『債務超過』といいます。
『債務超過』=『経営危機』⇒『倒産』というイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。
具体的には会社の資産を全て売却しても負債を全額返済できない状況ですので、実質的には倒産している状態とも言えますが、負債には期限の利益(注1)があるため負債はその期限までに返済すればよく、また、それが厳しい場合でも債権者がその債権を保全するために行う『返済計画の見直し(リスケジュール[通称:リスケ])』を享受できることもあるため、すぐに法的な破産に至ることはありません。
◆債務超過と赤字の違い債務超過は前述のとおり、負債過多の状態であり、貸借対照表上の問題、即ち「ストック」に関する概念です。
一方で、赤字は損益計算書上の問題、即ち「(キャッシュ)フロー」に関する概念です。
債務超過ではなくても赤字の企業、逆に、債務超過状態でも黒字の企業もあり、債務超過と赤字は必ずしもリンクするものではありません。
黒字倒産という言葉を聞かれたことがあると思いますが、黒字倒産する企業の一部は後者の状態で金融機関から融資を止められ資金繰りがつかずに倒産に至るケースです。
◆M&Aの対象となりうる債務超過企業さて、一般的には良いイメージを持たれない債務超過状態の企業ですが、こうした企業を買収対象としたM&A事例も多々あるのが現実です。
主に以下のような企業はM&Aの対象となります。
・債務超過だが営業黒字
・現在は赤字でも損益が好転する可能性がある
・買い手企業とのシナジーによりキャッシュフローの創出が可能
・歴史やブランドに価値があり、オペレーション次第で化ける潜在力がある
・研究開発投資、顧客が求めるクオリティ実現のための先行投資等が債務超過の原因で、リターン回収段階に入る前に支援が必要となった
・対象企業が属する市場や取引先は魅力的だが参入障壁がある
・技術力が高い、あるいは技術者が多数所属している
・ニッチトップ、特殊な許認可や免許が必要な業種、等
◆債務超過企業M&Aにおける売り手、買い手のメリット、デメリット<売り手のメリット>売り手の最大のメリットは、売り手企業のオーナーが借入金の個人保証から解放されることです。
もちろん買い手や借入先の金融機関等から様々な条件が付されることが多いですが、それでも個人保証が外れて重い肩の荷を降ろせるオーナーの安堵感は想像に難くありません。
また、事業(および時には看板、ブランド)の存続はもとより、従業員の継続雇用も一定程度から状況次第では全て維持できます。
<買い手のメリット>対象企業の収益力を大幅に上回る借入金を背負って不健全な貸借対照表となっていることが多いため、損益や成長力(前述のフロー)よりむしろ財務状況(前述のストック)に重きを置いた価値評価となり、買収金額が低くなる傾向にあるので、所謂 “小さく産んで大きく育てる” 投資となり得ます。
加えて、財務基盤が盤石で儲かっている企業の売却案件は買い手候補間の競争が激しくなりますが、債務超過企業案件に食指を動かすリスクテイカーは多くないため買い手ペースでプロセスが進みがちです。
また、債務超過企業は、ほとんどのケースで税務上の欠損金を抱えていますので、将来利益が上がった際に、一定要件充足の場合、法人税を減らす効果もあります。
ただし、ハイリスクハイリターン投資の側面があることを常に念頭に置いておく必要があります。
<売り手のデメリット>売り手のデメリットはほとんどありません。
あるとすれば、歴史ある企業の看板が消滅する、同族経営企業の場合には自分の代で非同族経営となってしまう、といった経済的なデメリットではなく、情緒的なデメリットでしょう。
ただ、多額の個人保証を同族で引き継いで行くことと比較すれば大きなデメリットとは言えないかもしれません。
<買い手のデメリット>対象企業が債務超過であっても、将来収益を生むと判断しての買収ですから、買収そのものにデメリットは考えられません。
ただし、繰り返しになりますがハイリスクハイリターン投資となりますので、買収後に思わぬロスが発生するリスクを極小化するため、デュー・ディリジェンス段階に時間とコストかけ、通常の調査項目に加えて、対象企業が債務超過に陥った過程、原因等をつぶさに確認し、自社のステークホルダー(株主、取引金融機関、等)に納得してもらえる事業計画を策定することが肝要です。
筆者はかつて、M&Aに慣れている買い手企業の社長に債務超過企業の売り案件を “実は、対象企業は債務超過です。” と持ち掛けた際に、“債務超過企業を買ってうちが何か困ることある?何も無いでしょう。うちは増資などで債務超過を解消しないけどね。” と言われたことがあります。
この発言は裏を返すと、対象企業には自分が経営すれば収益力を高める潜在力がある、あるいは自社とのシナジーが十分にあると見抜き、また、それを実現させる自信があったのでしょう。
今回は、債務超過企業のM&Aについて、実績は多いこと、そしてどのような企業が対象になるのか、また、売り手、買い手それぞれのメリット、デメリットを述べさせていただきました。
債務超過の関与先様がいらっしゃいましたら、苦境を打破するために、一度当社へご相談ください。
注 釈
(注1) 期限の利益:債務者が一定の期限まで債務の弁済を待ってもらえる権利
民法第136条第1項『期限は、債務者の利益のために定めたものと推定する』
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