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COLUMN

2019.06.25M&A事例

<事例編⑤>武田薬品工業株式会社のShire plc買収

  • M&A

過去に日本で行われたM&Aの特徴的な事例についてご紹介していきます。文中の記載には私見が含まれていることをあらかじめご了承ください。

 今回は、日本で過去最大の買収案件となった武田薬品工業株式会社(以下、「武田」)のShire plc(以下、「Shire社」)買収の経緯と財務的な問題点について記載します。

 2018年5月8日、武田はShire社を買収することを発表しました。買収対価は日本におけるM&A史上最高額である460億ポンドであり、その目的は、「強固な戦略的フィット」、「相互補完的なパイプライン」、「地理的な拡大」、「財務面での非常に大きな効果が見込まれる」とし、株主還元としては、確立された配当方針の維持とROICが武田の資本コストを上回ると発表されました。

 その前、2018年3月29日にShire社買収の噂が流れたことに対し、「当社はShire社に対し、何らかの提案を行うことを検討していることは事実ですが、その検討はごく初期かつ調査段階であり、現時点においてShire社の取締役会に対していかなる提案も行っておりません。また提案を行った場合においても、取引が実行される確実性はありません。」との声明を発表しています。武田の株価は2018年2月以降の日経平均の下落につれて下落していましたが、当該リークの後、さらに下落基調となります。投資家は、買収標的企業の規模があまりに大きく、武田の信用格付けに影響せずに買収することは難しいと懸念した結果かと考えられます。



 では、なぜこのように株価が下がるような懸念があったのでしょうか。

 まず、買収資金の調達による財務状況の悪化と損益の悪化の影響があります。武田は2008年に米ミレニアム、2011年にスイス・ナイコメッド、2017年に米アリアドと大型買収を繰り返しており、2018年3月末時点で9,856億円の有利子負債がありました。今回の買収で武田薬品は新たに3兆円の借り入れを行う上、同様に買収を重ねてきたShire社の有利子負債2兆円も飲み込むことになり、有利子負債の増大、買収費用の増加、自己資本比率の下落が懸念されていました。Shire社の営業キャッシュフローは2017年で42億5670万ドルと稼ぐ力は高く、返済に問題はないとする声もありますが、負担は決して軽くはありません。Shire社買収に係る企業結合会計による影響として、2019年度は棚卸資産の公正価値調整2,530億円の売上原価の計上及び製品等に係る無形資産償却費4,390億円の計上など、営業利益の影響額として合計で6,930億円を見込んでいます。また、Shire社買収の資金調達に係った新規負債の利息費用870億円を見込んでいます。その結果、2019年度の連結営業利益は△1,930億円、当期利益は△3,830億円を大きく赤字となるとしています(2019年5月14日決算発表)。

 また、企業結合で会計上計上される「のれん」及び「無形資産」が多額に発生することが見込まれました。Shire社は、買収後相応期間経過後において超過収益力が認定できない「のれん」は減損してました。一方、武田では前述会社の買収後10年近く経った「のれん」を現存しておらず、2018年3月期末における武田の「のれん」1兆292億円と無形資産1兆143億円(合計2兆435億円)が計上されていました。公開企業としてのガバナンスとディスクロージャー体制において根本的な違いがあったと考えられます。また、Shire社は直近の企業買収において、ROIが高い買収を実施してきていました。その結果、ロンドン並びにニューヨークの金融市場並びに資本市場で高い評価を受け、6兆円を上回る資金調達を可能としていました。一方、今回の武田のShire社買収のROIは2017年度の損益で試算すると6.9%であり、これは上場企業平均ROE8.3%と比較して超過収益性を生み出せておらずのれんの資産性が問題視される可能性があります。結局、Shire社買収によるのれんの資産性は買収後のシナジー効果に依存することになります。
(注)Shire社はUSGAAP、武田はIFRSを採用していますが、のれんの減損において両者の質的基準差はありません。
 Shire社の主要分野である希少疾患向けの治療薬は、収益性も高い反面、開発は難しいハイリスク・ハイリターンの分野であり、買収を次の柱となる新薬の創出につなげられるかは不透明です。希少疾患に強いからといって、開発競争も激しく、将来の成長が約束されるわけではありません。どんなに画期的な新薬でも、特許が切れれば売り上げがガタ落ちするのは製薬業界のリスクであり、6.8兆円に見合った持続的な成長を手にすることができるのかが世界市場での生き残りをかけた大勝負であるといえるでしょう。

 Shire社買収を決議する臨時株主総会は2018年12月5日に開催されました。それに対し、武田のOBら130人で構成する有志団体「武田薬品の将来を考える会」が反対していました。武田創業一族の武田和久氏らが会見し、「M&A(合併・買収)は必要だが、今回は財務的なリスクが高い」と説明し、臨時株主総会を前に株主や機関投資家向けに支持を訴えていましたが、買収決議は可決され2019年1月8日に買収は完了しました。大株主の反対の影響もあり、その間も武田の株価は下落傾向となりました。

 さて、買収後最初の決算である2019年3月期の財務状況はどのような結果となったでしょうか。以下は武田の2019年3月末及び前期末の連結貸借対照表の抜粋です。

(単位:百万円)

資産19/3末18/3末負債19/3末18/3末
のれん4,161,4031,029,248社債/借入金4,766,005985,644
無形資産4,860,3681,014,264その他負債3,942,7291,103,410
(上記計)9,021,7712,043,512負債合計8,708,7342,089,054
その他資産4,850,5512,062,951資本5,163,5882,017,409
資産合計13,872,3224,106,463負債資本13,872,3224,106,463

 「のれん」+「無形資産」の合計は大幅に増加し、9兆217億円で資産合計の65%を占め、資本合計5兆1,635億円を超えています。有利子負債も約5倍に増加し、自己資本比率は49%から37%に下落しています。前述のように2020年3月期の損益予測も赤字となっています。
 これらの不安要素を解消するような早期のシナジー効果の発現、収益増加を達成しない限り、低迷している武田の株価の回復も見込めないと考えられます。




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松木 茂

公認会計士・税理士・中小企業診断士
東京大学 工学部卒
ビジネスアスリーツ株式会社代表取締役
ヴィスコ・テクノロジーズ株式会社社外取締役
みすず(旧中央青山)監査法人、プライスウォーターハウスクーパース株式会社を経て、ビジネスアスリーツ株式会社を設立。
金融商品取引法監査、会社法監査、学校法人監査等の法定監査経験に加え、IPO支援業務、M&Aアドバイザリー業務(ファイナンシャルアドバイザー、買収ストラクチャー検討、財務デューデリジェンス、財務モデリング、バリュエーション、SPA作成サポート、PMI支援等)、再生計画立案支援等に関し、幅広い業種での経験がある。